Career-grade NAT

Career-grade NAT(CGN)、クリーンな透過性とend-to-end原則を破壊する悪の技術だと思っている。
しかも最近、「NATはパケット交換ネットワークを回線交換ネットワーク的にするものた」という表現を知り、なるほどいい表現だと思うと同時に、ますます先の気持ちが深まった。

ただ、
こういう話もある。
要約すると、「Webの標準化が進み、綺麗になったことで、Webのguru(スターなWeb技術者)は食い扶持を失った。」 「昔のWebは、ブラウザも規格もクソだったが、だからこそguruなの出る幕があった。」 「綺麗な技術になってしまうと、それを、扱える能力はコモディティになってしまう」 こんな話だったと思う。(割と前に読んだので忘れかけ)

この話は重い。

IPv6は、少なくともエンドツーエンド原則は復活してくれそうだという点では美しい。(6/4まわりの移行技術など怪しいところもある気がするが)

でも、美しい技術では、食えなくなってしまう。

逆に、計らずともThe Internetの飛躍的な発展により、IPv4はNATというクソの山のような技術を生み出してしまったのだけれど、 そのおかげで、(今やコンシューマでは食えないであろう)ベンダがCGNで毎年しのぎを削りつつ、食えている。

つらい話だ。


これだけクソと言っておいてなんだけど、 インターネットは「TCP(UDP)/IPのみでなりたち、 関連する通信にはコネクションを一本だけ張る(反例: FTP)」ものだと考えれば、 NATはエレガントな技術だとも言えると思う。

もっとも、このThe InternetをTCP/IPのみだと言うこともまた、大きな悪なのだけれど。
The InternetはIPであって、TCPまで含めてはいけない。